大変驚くべきことに、2023年8月30日の記者会見において、日本政府の内閣官房長官松野博一氏は、関東大震災当時の朝鮮人虐殺について
「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」
と述べた。（動画リンク） （翌日の同様の発言の動画リンク）
これは事実を覆い隠す虚偽の言説である。
当該官におかれては速やかに発言を訂正し、国民を愚弄した言動について謝罪をすべきである。
1923年9月1日に発生した関東大震災後の混乱した状況下で、関東各地において、武装した住民に朝鮮人住民が多数殺傷されたのは、歴史上の歴然たる事実である。
これは当時の公式機関の公文書にも明記されている。
一例を挙げる。
国立公文書館アジア歴史資料センター
レファレンスコード C14110926700
https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C14110926700
（引用始め）
大正十二年十二月十五日
関東地方震災関係業務詳報
熊谷聯隊区司令部
（中略）
二、行動の概要
（中略）
鮮人殺さる
同日浦和方面より熊谷町に移動護送し来りたる鮮人二百余名中其百数十名は警察官竝熊谷町分会員等に保護せられ自働車に依り深谷及び本庄警察署に護送せらる 而して昼間護送すること能わざりし四十幾名は夜に入ると共に殺気立てる群衆の為めに久下、佐谷田、及び熊谷地内に於て悉く殺さる。本庄警察に向いたるもの亦同じ 深谷警察署に向いたるものは幸にして無事保護せらるるに至りたり
（引用終わり）
（原文旧漢字旧仮名、漢字カタカナ交じりのものを新漢字新かなひらがな交じりに改稿）
陸軍の公式記録にこのように明記され、記録は防衛省防衛研究所に保管されている。この事実を見れば、松野官房長官の発言は虚偽であると断ぜざるを得ない。
意図して虚偽を口にしたのなら、そのような虚言を吐く人物は国の公式スポークスマンたる官房長官として極めて不適切だし、知らずに誤謬を口にしたのなら、職務怠慢のそしりを免れない。
いずれにせよ当該官はその任に不適であり、罷免されるべきである。
参考
NHK「クローズアップ現代」2023年8月30日放送回 「集団の“狂気”なぜ 〜関東大震災100年“虐殺”の教訓〜」
吉村昭「関東大震災」では、吉野作造の著作を引いて、殺害された朝鮮人の人数は少なくとも2613名としている。
追記
現代日本人の一部には「朝鮮人が殺害されたのは朝鮮人の方から襲撃暴動を起こしたからであり、殺害は正当防衛だ」と主張する者がいる。
しかしそれは誤りである。
下記資料によれば、朝鮮人の暴動は流言飛語の類で事実ではなかった。
仮に襲撃や暴動があったとしたら、被災地には警察や軍隊が多数出動している状況下であるから、すぐさま警察や軍隊と衝突して鎮圧検挙されているはずだが、そのような襲撃や暴動の鎮圧に警察や軍隊が出動した記録はない。
その他の犯罪についても、9月1日から3日にかけて東京・横浜地方裁判所管内で朝鮮人が起こしたとみられる犯罪は、軽度の犯罪も含めて49件に過ぎず、そのうち殺人はわずかに2件。しかも両件とも犯人が不明、うち1件は被害者も不明というあやふやなものである。（資料へのリンク）
震災下で朝鮮人が暴動・襲撃・騒乱・大規模な犯罪を行ったという風説は、まったくの虚言・流言・浮説にすぎないことがわかる。
震災下の人心不安な時期ならばともかく、百年を経た平穏な時代になお、当時の流言浮説を信じる愚昧な輩がいるというのは、日本人としてまことに恥ずかしいと言わざるを得ない。
また、朝鮮人暴動のデマを被災地に流したのは当時の新聞マスコミであると主張する者もいるが、下記資料によれば被災地では新聞社の被災によって新聞は発行できない状況であり、被災地におけるデマの伝播に新聞は関与していない。
資料
国立公文書館アジア歴史資料センター
「一般雑件 其の２（４）」JACAR（アジア歴史資料センター）Ref.C08051013600、大正１２年 公文備考 変災災害附属 巻１２（防衛省防衛研究所）
（引用始め）
大正十二年九月一日
震災後の警備一班（未定稿）
大正十二年十二月
警保局警務課
（中略）
三、震災地に於ける治安維持に対する措置
（中略）
（八）朝鮮人問題
朝鮮人に関する流言各所に行われ未曽有の災害昂奮せる市民の感情を弥が上にも刺戟して遂に暴行殺傷の事件を生じたるは震災に伴うて起りたる一の不祥事件なり
其の流言の出所は今尚明瞭ならざるも東京方面の情況は二日午後神奈川地方より伝播し来りたるものの如し 不幸にして朝鮮人中少数の不逞者ありて災害に乗じて犯行を敢てしたるものあり 之を目撃し或は伝聞したるものは憤激して之を街頭に高鳴し嵐の如く震害地方に伝播せられ風評を生み流言を生じ益々波紋を大にして近県に及びたるものの如し
当時通行機関の破壊、新聞紙の休刊等の為真相の一般に伝わらざりしと通信途絶の為め各機関の連絡敏活を欠きしことは之が防止に少なからざる支障を生じせしめたり
本件に関する事態漸く重大なるの報に接するや警備部は直に軍部及警視庁当局と協議して時を遷さず流言に対する真相の調査、一般鮮人の保護及其他に関し機宜の措置を執れり 即ち先ず鮮人の放火襲撃等は多く訛伝にして信ずるに足らず 二三の不逞者ありたるが為一般の朝鮮人を敵視するは其の不当なること勿論なるのみならず仮りに不逞の徒の潜入蠢動することありとするも既に警察は充員補充応援の方法成り且充分の軍隊出動し居るを以て治安維持上何等の懸念なきことを掲示、メガホーン等に依りて宣伝し且地方長官に対し此種の流言の伝播防止に努むると共に或は浮説に迷い鮮人に対し不当の暴行を加うることなきを保し難きを以て厳重に之が警戒を為し若し万一の場合は隣接府県より警察官の援助を求め或は軍憲の助力を仰ぐ等機宜の方法に依り之を防遏する様通牒を発したり
右の流言取締及朝鮮人保護に関する通牒の外震災地の混乱に際し真に不逞の計画を有する鮮人其他の要注意人の上京入浜して不逞行動を策画し或は日鮮人衝突の事実を誇大に流浮宣伝して以て日鮮人間の関係を乖離疎隔せんとする者なきを保せざるを以て之が注意警戒に努めしめたり
（中略）
流言に誤たれたる民衆就中自警団の誤解に依り甚しきは之に起因して鮮人を保護せる警察各署を襲撃せる事件はありと雖国法背反の行為を看過すべからざるは当局の条理にして此種の事件にして目下法衙の手に繋属中のもの左の如く多数に上れるは遺憾とするところなり
（引用終わり）
本資料付属の一覧表によると、十一月調べで当局がまとめただけでも、被災地他で殺害された朝鮮人は422人にのぼっている。実数は上に示した通りもっと多数に及ぶであろうと考えられる。
なお、上記資料に「狂暴化する自警団を取り締まった」旨の記述はあるが、「朝鮮人の襲撃・暴動を取り締まった」旨の記述は一切ない。
