最近になって指摘されるようになったことばの話題として、「なんなら」の新しい意味用法がある。
伝統的な用法は、「あなたが望むならそうしてもよい」という、消極的な、少しぶっきらぼうな提案を示す意味だと思う。文章語より口語に親和性のある表現である。
それが最近ではかなり意味が拡散し、「〜すら」「さらに言うなら」「あまつさえ」「それどころか」「もはや言うなれば」「それはそれとして」などといった非常に広い意味を持つようになっているようだ。
「なんなら」のもとの意味は、「それがナニなら」＝支障があるなら→他の方法では支障があるなら ということではないかと思う。
「ここではなんですから」＝ここでは支障がありますから という用法と並べてみるとわかりやすいだろう。
あるいは「Ａでもよい。なんなら（Ａでは支障があるなら）Ｂでもよい」の前段が落ちた表現であるとも言える。
前段の落ちた表現から、「私としてはどっちでもよい」→「あなたが望むなら（選択権はあなたにある）」の用法が派生したものとみられる。
新しい用法の中には、この「私としてはどっちでもよい」から別に派生した「そうしてもよい→そう言っても過言ではない」という意味に由来するものが見られる気がする。
「そうしてもよい」からは「許容」の語意がくみ取れるので、「極端な仮定をすれば」という用法が導かれる。
「Ａでもよい、Ｂでもよい」からは、さらに付け加えるもの（Ｃ、Ｄ、…）があるという含意がくみ取れるので、「それだけでなく」という用例が導かれる。
それよりももう少し伝統的用法に近いものとしては、「あなたが望むなら」から派生した「無人称 you が望むなら」→「私の行動として、別にそうしても構わない」という意味用法がある。望む主体が薄れた用法である。従来語では「なんだったら」で言い換えられる。
その他の用例については今にわかにその由来を考えられない。とにかくいろいろな「なんなら」があることだけは確かである。
新用法と伝統的用法の外見上の大きな違いは、伝統的用法は、命令や提案など、相手に働きかける態が呼応して現れるのに対し、新用法は、もっぱら自分の行動を表す文に現れるという点だ。この呼応がないという点が、新用法を知らない者に違和感を抱かせる大きな要因となっている。
この問題を指摘した先行例としては、
https://nishogakusha.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=3044
https://okushishu.hatenablog.com/entry/2019/03/23/211505
http://www.ytv.co.jp/michiura/time/2019/01/post-4582.html
https://ameblo.jp/cavy-do1010rain/entry-12221513939.html
http://tsuruhara9linic.blog116.fc2.com/blog-entry-2140.html
https://note.com/nanamemo0229/n/n1920bcab2fdd
https://puhipuhi.hatenablog.com/entry/2019/09/19/093648
https://note.com/rikayon/n/nc5a6fd65d158
などがある。
以下に「青空文庫」から掘り出した明治〜昭和前期の用法を例示する。いずれも伝統的用法である。
岸田国士「動員挿話」1927
「家の者には会っとかんでもいいのか。なんなら、ここで会ってもいいぞ。お母さんに来るように言ったらどうだ」
牧野信一「卓上演説」1931
「あいつは、この通り傑れた小説を書いているではないか、文芸評論――という題名で――形式に囚われるな、文字に拘泥するな――小説とも称べ、詩とも称べ、なんなら戯曲とも称べ、御自由だ」
佐左木俊郎「黒い地帯」1930
「お房や。小豆餅ばかりでなんなら、納豆餅でなりなんなり、どっさり食って行くんだ」
江戸川乱歩「指環」1925
「馬鹿な事を云ってはいけない。そりゃ人違いだろう。何なら私の身体を検べて見るがいい」
樋口一葉「にごりえ」1895
「御遠慮には及ばない、逢って来たら宜かろう、何もそんなに体裁には及ばぬではないか、可愛い人を素戻しもひどかろう、追いかけて逢うが宜い、何なら此処へでも呼び給え、片隅へ寄って話しの邪魔はすまいから」
芥川龍之介「影」1920
「御湯は？ 婆や。」
「もうよろしゅうございますとも。何ならちょいと私が御加減を見て参りましょうか。」
新しい用例は、ツイッター検索をすれば無数に見いだせる。以下に列挙する。カッコ内は従来表現による言い換えの例。
「ぼくらデスクワーカーにとって目薬はもはや相棒。 なんなら目です。 目薬が目です。」
（もはや言うなれば、過言ではない）
「夜行バスが片道１万くらいするんだけど高すぎ、、なんなら新幹線と大して変わらん」
（もはや、過言ではない）
「今じゃ靴下履いてなんならスリッパまで使う」
（あまつさえ、別にそうしても構わない）
「ウンチーコングリターンズ見過ぎてずっと脳内で「うんこ」か「ちんこ」か「ナマステ」しか言ってない。なんならたまに口ずさんでる」
（あまつさえ、はなはだしくは）
「打ちっ放しだけなら敷居は全然低いですよ〜 なんなら自分もコース行ったことないですし」
（あなただけでなく）
「ギター弾く人の手フェチすぎてもう阿部くんの手がペロい なんならこん時の輪郭ドストライクすぎて輪郭と手フェチの私に何がしたいのって感じ」
（さらに、それだけでなく）
「女性飲み食い無料だからといってそれ目的のみで来る子も少なそうだし、なんなら出会い目的の女の子もいるっぽいし」
（さらに、それだけでなく）
「まーストフェスが中止か延期になっても3月15日に日本橋でコスプレ姿で現れる存在はいるんだろうよ。なんなら14か16にも出没するかも知れない！」
（それだけでなく）
「仮に裏で顎女死ねって言われても許せる位すこ なんならそれサインに書いて欲しい」
（それだけでなく、極端な仮定をすれば）
「迷ってるけど行きたいから行く！って人はもっと好きやしなんなら取り置きとかお菓子とかくれたらもっと好きになります」
（さらに、極端な仮定をすれば）
「誰も理解してくれないので地元独自の遊びなのか、なんならわたし独自なのかわからんくて困ってる」
（極端な仮定をすれば）
「30万円以下だったらちゃんと経費落ちるし、なんなら夏から働かなくてもお給料出してくれるかな」
（たとえば？ 極端な仮定をすれば？）
「色へのこだわりを若干捨てたよ。なんなら今のパーティ色１匹もいないよ」
（たとえば、確認してくれてもいいけれど）
「スプラだけじゃ飽き足らずDbDで爪剥がしてるしなんなら今度はどうぶつの森で剥がそうとしてるからね、こわ」
（さらに、かてて加えて）
「くしゃみも出るし、なんなら不織布のマスクからヒゲちくちく飛び出します」
（それに加えて、その上に）
「手術した方の肺が痛いし、なんなら片方も痛い」
（それに加えて、その上に）
「そのあとが未定すぎて唐突に山形に向かったし なんなら蔵王温泉とか知らなかったし」
（なぜなら？ その上？）
「ほんとは31cm、なんなら51cmとれるくらいまで伸ばしたいんだけど私にはそこまでケアができん」
（できれば）
「あの前列さんの反応含めて楽しかったので なんなら今度からワイプで小さく映しておいてほしい」
（できれば）